「癒しの杜」気功整体院HANDSのお客様の中に、80歳をゆうに越えた今現在でも尚、新しい世界にドンドン飛び込んで行って、今だにテニスはするし海外旅行には出掛けるし、よく喋るし・・・(笑)
とにかく、お元気でいつも「一日が足らない足らない!」と口癖のようにおっしゃっているご婦人がいて刺激を受けているのですが、ホントに、世界はまだまだ広いのだなぁと、そんなことをヒシヒシと身に沁みている今日この頃です。
フリーター時代が長かった分、人よりは色々な経験をしてきた方だと思うのですが、”四十の手習い”で始めた演劇と武術を通じて、まだまだ自分の知らない世界にいま触れていられることに、驚きと感動と苦悩と喜びを噛み締めています。
もし自分がこの世界に足を踏み入れていなかったら、そこにいる方々との交流もなければその方々のことを理解することもなかったでしょうし、そしてまたその業界のことも知らないままで人生を終えていたかもしれません。
僕はどちらかといえば保守的で何事にも慎重な方なのですが、それでも人からは多才だと言われるのは、たぶん器用だからでしょう。
自分の想定内ではいくらでも動けるし、そこから新しいものを生み出したり新たなチャレンジをするのは得意なのですが、自分が全く想像すらできない領域には興味を持ってもなかなか飛び込んではいけないのですよ(苦笑)
でも、そういう領域に飛び込んでみて初めて見えてくる自分というものが沢山あるのですね。
あるとき、僕が所属している劇団の、多才な顔を持つ座長に言われたことがあるのですが、僕の才能はまだ2%しか開花していないのだそうです(苦笑)2%って・・・20%の聞き間違いだったかな?w(汗)
結局、何を言いたいかと言いますと、自分が知っていると思っている自分というのは、本当はまだまだ狭い領域だということなのですね。
『我々人間は潜在能力の10%しか引き出せていない』という言葉の信憑性は別にして、潜在的に秘めている部分の方が広いということは言えると思います。
自分自身がこれで十分ということは多分ないのだろうと思いますし、そう思ってしまった時点で成長は間違いなく止まってしまいます。
そして、いまある自分というものは決してそれが自分の全てではないという事を知っておくことはとても大切だと感じます。
今、どんなに自分を卑下していたとしても、その卑下している自分というのは、自分の全体像のほんの一部でしかありません。
その一部分が自分の全てであるかのように錯覚して自分を痛めつけることは実にもったいない事だと思います。
自分の一部分だけを見て判断を下さないで、もっと違う一面が必ずあるということを信じて欲しいと思います。
そうしていれば、必ずチャンスは巡ってきます。チャンスはいつでも自分のすぐ側にあって、手を伸ばしさえすれば触れることができるのに、自分自身で手を伸ばすことを止めてしまっているのです。
自分が思い込んでいる自分像の少しだけ外側には、いつどんな時でも別のスペースがあることを知っていて下さい。そのスペースには、いま自分が思っているのとは全く正反対の一面を持つ、もっともっと頼もしい自分がちゃんと入っているものなのです☆
Is it what splendid to challenge!
and get a fun!!
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