人生、どこでどんな拾い物をするかなんて、ホントに分かりませんよね。
実際に探し物をする時もそうですが、それを探そうと意図してもなかなか見つけられないのに、ふとした瞬間に見つかることってよくあるじゃないですか?
人生そのものもこれと同じだなと思います。
一生懸命、意味や目的を見つけようとしたって、そうやっていて見つかるなんてことは誰も経験したことがないと思うのですが、そうしないと見つからないのじゃないかって不安になったり焦ったり。
自分が意図していないところで必要に迫られてやっていることの中にタネが落ちていて、そのタネを何の気なしに拾って、何の気なしに水をあげていたら、いつの間にか発芽していて、それがドンドン伸びて、ふと見てみたら「あれ?こんな所に花が咲いてる」って。
その花を見て「なるほどこれが自分の行く道か」と思うか、あるいは「これは自分の行く道ではない」と思うか。
自分の何かをちゃんと見つけている人は、自分が知らず知らずに育ててきた花を見て「これが自分の花だ」と、どこかの瞬間で決定して、その道を行くという選択をしている人だと思います。
結局のところ、自分の道は”いつかどこか”で出逢うものではなくて、いま与えられていることの中にそのタネがあるということなのだと思います。無意味なことなんて何一つないのですから。その意味づけは誰かがしてくれるのでも、誰かがしているのでもなくて、自分でするものなのだと思います。
思いもよらない素晴らしい拾い物ができるのは、自分の”意図”を取っ払って”今”ここに差し出されている思いもよらない何かを”選択”する時なのだと思います。
LEAVE A REPLY